鉄鋼業界の脱炭素化、その現状と課題
世界のCO2排出量の約11%、日本国内では約13%を占める鉄鋼業界は、気候変動対策において極めて重要な役割を担っています。しかし、多くの企業が脱炭素計画を公表しているにもかかわらず、排出量の報告は不十分で、各社の進捗状況を比較分析することは非常に困難でした。この情報不足が、業界全体の脱炭素化を遅らせる一因ともなっていました。
悩みを解決する画期的なツール「鉄鋼企業移行トラッカー」
国際気候NGOスティールウォッチは、この課題を解決するため、データ分析ツール「鉄鋼企業移行トラッカー」日本語版を2026年1月14日に公開しました(英語版は2025年12月8日に公開)。このツールは、日本製鉄やJFEスチールを含む世界12カ国の主要鉄鋼メーカー22社の脱炭素化および総合的な移行に関する進捗状況を、以下の4つの分野で分析・比較することを可能にします。
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排出量:各社のCO2排出量の現状と推移
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石炭依存度:石炭利用の高炉数や消費量
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グリーン鋼材への準備度:低排出な鉄源やグリーン鋼材の生産・消費状況
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人や社会への影響:労働安全衛生や大気汚染に関する指標
このトラッカーは、企業間の比較だけでなく、年度ごとの進捗も追跡できるため、各社の取り組みの透明性を大幅に向上させます。公開情報に加え、グローバルエナジーモニター(GEM)などの信頼できる情報源を活用することで、より客観的な分析が実現されています。
トラッカーが浮き彫りにした業界の厳しい現実
この「鉄鋼企業移行トラッカー」による分析は、現在の鉄鋼業界が直面しているいくつかの重要な課題を浮き彫りにしました。
石炭依存からの脱却はまだ遠い
鉄鋼メーカーにとって、石炭への依存は依然として大きな課題です。多くの企業で排出量および石炭を使用した高炉の数は増加傾向にあります。さらに、対象企業22社の大部分が石炭消費量を十分に報告しておらず、実際の石炭消費量は示されている数字よりもはるかに多い可能性があります。これは、脱炭素化への道筋において、情報開示の透明性向上が不可欠であることを示しています。
グリーン鋼材への移行は道半ば
ガスによる直接還元製鉄など、ニア・ゼロエミッションが可能な鉄鋼生産設備はすでに存在します。しかし、グリーンアイアン(低排出な鉄源)やグリーン鋼材の生産は本格的には始まっていません。特に、グリーンアイアンの消費量と生産量は現状ではゼロのままであり、業界全体の脱炭素化に向けて、そのペースを加速・拡大していく必要があるでしょう。
気候変動対策の停滞
年度間の比較を見ると、近年、気候変動対策における取り組みの傾向は概ね横ばいで、顕著な進展は見られていません。労働安全衛生や大気汚染の指標には改善傾向が見られるものの、全体としての脱炭素化に向けた課題は山積していると言えます。
このツール導入で得られるメリット・デメリット
メリット:生産性向上、コスト削減、競争力強化へ
「鉄鋼企業移行トラッカー」の活用は、企業や投資家、政策立案者にとって多大なメリットをもたらします。
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透明性の向上と意思決定支援: 各社の排出量や脱炭素への取り組みが可視化されることで、投資家はより持続可能な企業への投資判断を下しやすくなります。政策立案者も、データに基づいた効果的な規制や支援策を検討できるようになります。
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競争力強化: 脱炭素化に積極的に取り組む企業は、その進捗を客観的なデータで示すことができ、市場での競争優位性を確立する機会を得られます。これは、ESG投資の観点からも企業価値向上に直結するでしょう。
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戦略策定の効率化と外注費削減: 自社の立ち位置を他社と比較して把握できるため、脱炭素戦略の策定がよりデータに基づいたものになり、効率的な投資判断が可能になります。また、外部のコンサルティングに頼らずとも初期段階の現状分析を自社で行うことで、外注費の削減にも繋がる可能性があります。
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生産性向上: データに基づいた具体的な目標設定と進捗管理により、脱炭素化に向けた社内リソースの配分が最適化され、長期的な生産性向上に貢献します。
デメリット:ツールの活用には主体的な姿勢が不可欠
一方で、ツールの利用には以下の点に留意する必要があります。
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データリテラシーの必要性: ツールが提供するデータを正確に読み解き、戦略に活かすためには、一定のデータ分析能力が求められます。
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情報開示への依存: 本ツールは公開情報を基にしているため、企業が情報開示を怠ると、分析の網羅性や精度が低下する可能性があります。
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行動への転換: ツールはあくまで分析手段であり、脱炭素化を推進するためには、分析結果に基づいた具体的な行動計画と実行が不可欠です。
スタートアップが「鉄鋼企業移行トラッカー」から学べること
このツールの登場は、スタートアップ企業にとっても多くの示唆を与えます。
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「情報格差」を埋めるソリューションの価値: 複雑で不透明な業界のデータを集約し、比較可能な形にすることで、大きな価値を生み出せることを示しています。特定の産業に存在する情報格差やデータ不足は、スタートアップにとってビジネスチャンスとなり得ます。
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オープンデータと既存情報の組み合わせ: グローバルエナジーモニターのようなオープンデータと、企業が公開する情報を組み合わせることで、新たな知見や分析を生み出す手法は、データドリブンなビジネスモデルを構築する上で非常に参考になります。
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シンプルかつ多角的な可視化の重要性: 4つの主要分野に絞り込み、視覚的に比較できるように設計されたUI/UXは、複雑な情報を分かりやすく伝える上での模範となるでしょう。ユーザーが本当に知りたい情報を直感的に理解できるデザインは、あらゆるサービスにおいて成功の鍵となります。
まとめ:未来を拓くための羅針盤
「鉄鋼企業移行トラッカー」は、世界の鉄鋼業界が直面する脱炭素化の現状を客観的に示し、その進捗を誰もが追跡できる「羅針盤」のような存在です。このツールが提供するデータは、企業がより責任ある行動を取るよう促し、投資家がより賢明な判断を下すための強力な根拠となるでしょう。
脱炭素社会の実現に向けて、このトラッカーが示す課題と可能性に目を向け、具体的な行動へと繋げていくことが、私たち全員に求められています。ぜひ一度、この画期的なツールに触れてみてください。
