地域に埋もれた「声なき声」が抱える課題
イーストタイムズは2015年の創業以来、東日本大震災後の仙台を拠点に「そこに生きる人々を伝える」をテーマに活動してきました。名もなき人々の声を拾い上げ、共感を呼び、社会を動かすことを目指しています。代表取締役CEOの中野宏一氏は、自身の故郷での経験から、「価値がないのではなく、発信されていないことが問題の根幹ではないか」という問いを抱き、市民参加型ローカルニュースサイト「ローカリティ!」を運営しています。

地域が持つ魅力や価値が適切に発信されないことは、単に「寂れていく」という感情的な問題に留まりません。それは、地域の生産性向上を阻害し、外部との競争力を低下させ、新たなビジネスチャンスや移住・定住の機会を失うことに繋がります。多くの地域で、自分たちの良さをどう伝えればいいか、という悩みを抱えているのではないでしょうか。
学術的な視点で「語り」の可能性を解き明かす
この課題に対し、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科「Respi:reプロジェクト」(標葉研究室)が、学術的なアプローチで挑みます。同プロジェクトは、先端科学技術領域における倫理的・法的・社会的課題(ELSI)の洞察と、より良いイノベーションのための科学技術ガバナンスデザインに取り組んでいます。

標葉隆馬准教授は、東日本大震災以来、「語りにくさ」の問題に関心を寄せており、「地域をめぐる『語り』の可能性を追求することで、声をめぐる公共財として社会を豊かなものにすると信じている」と語っています。

この共同研究では、ローカルメディアと「語り」に関する文献調査、関係者への半構造化インタビュー、フォーカス・グループ・インタビューなどを通じて、学術的知見の獲得を目指します。イーストタイムズが培ってきた実践的な「語り」の収集・発信ノウハウと、慶應義塾大学の学術的な分析力が融合することで、これまで見過ごされてきた「語り」の価値を客観的に評価し、その保存可能性を高める方法論が確立されることでしょう。
スタートアップが学べる「語り」の力
この共同研究は、地域社会だけでなく、スタートアップや中小企業の経営者にとっても多くの示唆を与えます。特に、以下のような点で学びやヒントを見出すことができるでしょう。
1. 共感と信頼の構築による競争力強化
イーストタイムズは「FLAG RELATIONS理論」や「FIM(Flag Ignition Model)」を通じて、人や組織の本質的価値に火をつけ、共感を生み出すことを重視しています。これは、スタートアップが顧客や投資家、従業員との間に深い信頼関係を築き、ブランドの競争力を高める上で不可欠な要素です。単なる製品・サービスの機能説明に留まらず、その背景にある「語り」を伝えることで、強い共感とエンゲージメントを生み出すヒントが得られるはずです。
2. 「声」のデータ化と活用による生産性向上・コスト削減
地域の「語り」を学術的に分析・保存する試みは、ビジネスにおける顧客の声(VOC: Voice of Customer)や市場のニーズをデータとして捉え、活用することに通じます。顧客インタビューやアンケートで得られた生の声、SNSでの反応などを深く分析することで、製品開発やサービス改善の精度を高め、無駄な試行錯誤を減らすことができます。これにより、開発コストやマーケティング費用の削減、ひいては生産性向上に繋がるでしょう。外注に頼りがちだった市場調査の一部を内製化するきっかけにもなるかもしれません。
3. 地域連携による新たな事業機会創出
ローカルメディアとの連携や地域コミュニティへの貢献は、スタートアップが地域に根ざした事業を展開する上で大きな強みとなります。地域の「語り」から潜在的なニーズや未開拓の市場を発見し、地域住民との共創によって新たなサービスや商品を開発することは、持続可能なビジネスモデルを構築する上で重要です。地方自治体や地域企業との連携により、新たなパートナーシップや資金調達の機会も生まれる可能性があります。
4. オープンイノベーションと学術的知見の活用
大学との共同研究は、スタートアップが自社だけでは得られない専門的な知見や研究リソースを活用できる、まさにオープンイノベーションの成功事例と言えます。学術的な裏付けを持つことで、事業の信頼性が向上し、説得力のあるプレゼンテーションが可能になります。特に、社会課題解決を目指すスタートアップにとって、学術機関との連携は社会的意義を強め、競争優位性を確立する重要な戦略となるでしょう。
共同研究がもたらすメリット・デメリット(多角的分析)
メリット
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地域活性化への貢献: 地域の「語り」が可視化され、共有されることで、住民の郷土愛や地域への関心が高まり、観光振興や移住促進にも繋がる可能性があります。
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新たな価値創造: 埋もれていた地域の魅力や課題が明確になり、それらを解決するための新しいアイデアやビジネスが生まれる土壌が育まれます。
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学術的知見の社会還元: 研究成果が論文として公開されるだけでなく、具体的な地域活動やビジネスモデルへと応用されることで、社会全体に貢献します。
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企業イメージ向上: 社会的意義のある共同研究に取り組むことで、イーストタイムズ、慶應義塾大学双方の企業・機関イメージが向上し、優秀な人材の獲得にも繋がるでしょう。
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共感ベースのコミュニティ形成: 「語り」を軸にした活動は、地域内外の人々の共感を呼び、強固なコミュニティ形成を促すことが期待されます。
デメリット
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研究期間とコスト: 学術研究には一定の時間と費用が必要です。成果がすぐに現れるわけではないため、長期的な視点でのコミットメントが求められます。
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倫理的課題への配慮: 個人の「語り」を扱う際には、プライバシー保護や情報の取り扱いに関する倫理的な配慮が不可欠です。慎重な運用が求められます。
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成果の実社会への応用難度: 学術的な知見が、必ずしもすぐに実社会の課題解決やビジネスに直結するとは限りません。研究成果をいかに実践に落とし込むかが課題となるでしょう。
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期待値と現実のギャップ: 研究の初期段階では、具体的な成果が見えにくいこともあります。関係者間の期待値調整と、地道なプロセスへの理解が重要です。
まとめ:未来を紡ぐ「語り」の力
慶應義塾大学とイーストタイムズによる共同研究は、単なる学術的な探求に留まらず、地域社会、そしてビジネスの未来を形作る可能性を秘めています。地域の「語り」に耳を傾け、その価値を再発見し、未来へと繋いでいくことは、これからの社会においてますます重要となるでしょう。この研究が、多くの人々の心に響く「語り」が、地域を活性化し、持続可能な社会を築くための羅針盤となることを期待しています。
関連リンク
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Respi:reプロジェクト: https://sites.google.com/view/kmd-respire/
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慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科(KMD):
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Respi:re研究室: https://www.kmd.keio.ac.jp/ja/research/respire/
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KMD公式サイト: https://www.kmd.keio.ac.jp/ja/
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市民参加型ローカル報道メディア「ローカリティ!」: https://thelocality.net/
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株式会社イーストタイムズ: https://the-east.jp
